京都南法律事務所 憲法を知ろう
憲法を知ろう
ヤジと表現の自由(21条1項)

ヤジ飛ばしで有名であった安倍元首相
 安倍元首相は、国会審議の場でヤジを飛ばすことで有名で、「早く質問しろよ」と100回以上ヤジったと言われています。2017年6月5日の衆議院決算委員会では、加計学園問題で質問中の宮崎岳志議員に対し、「違うよ。反論させろよ。ちょっと、いいかげんなことばかり言うんじゃないよ」などとヤジり、同年6月18日の朝日新聞社説「安倍政権『議論なき政治』の危機」は、安倍首相のヤジで審議時間を空費すると論評しました。
 その後も、衆議院予算委員会で、2019年11月6日に今井雅人議員に、2020年2月12日に辻本清美議員にヤジを飛ばしました。
 また、安倍首相(当時)は、2017年7月1日、東京都議会議員選挙のJR秋葉原駅前での街頭演説の際に、「安倍辞めろ」と連呼する人々に対し、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と応酬しました。

警察官による札幌ヤジ排除事件
 2019年7月15日、安倍首相(当時)がJR札幌駅南口広場前の北5条手稲通南側と移動先の札幌三越前で車両上から第25回参議院議員選挙の応援演説を行った際に、ヤジ排除事件が起きました。
 北海道警察の警察官らは、北5条手稲通北側で「安倍辞めろ」、「帰れ」などとヤジった男性とその男性を拳や平手で押す男を発見して、①押す男を制止し、肩や腕をつかんで上記男性を移動させ、②南側歩道に移動して「安倍辞めろ」と声を上げながら演説車両方向に走った上記男性を抱き止めて遠方へ移動させ、③札幌三越前で車両から約3m離れた歩道上で「安倍やめろ」と声を上げた上記男性を相当遠方まで移動させました。
 また、警察官らは、①南口広場で「増税反対」、「自民党反対です」と声を上げた女性(女子学生)を肩や腕をつかんで移動させ、②西に向かった上記女性を聴衆エリアに行かないよう制止した上、TSUTAYA札幌駅西口店の店内まで追従し、③店から出て徒歩でTSUTAYA札幌大通店付近に行ってタクシーに乗車するまで上記女性を追従し、「ジュース買ってあげる。もうそっち行かないでほしいなあ」などと言いました。

ヤジの制止・排除・追従行為に対する裁判所の判決
 排除・追従された上記2名は、表現の自由、移動・行動の自由などを侵害されたとして北海道を被告とする損害賠償請求訴訟を札幌地方裁判所に提起しました。北海道は警察官らの行為が警察官職務執行法第4条第1項の避難等の措置、第5条の犯罪の予防・制止に該当し、違法性がないと争いました。2022年3月25日、男性に対する②の行為は適法、①・③の行為は違法、女性に対する行為はいずれも違法と判断し、男性に33万円、女性に55万円の支払いを命ずる判決が言い渡されました。判決は、「憲法21条1項により保障される表現の自由は、立憲民主政の政治過程にとって不可欠の基本的人権であって、民主主義社会を基礎付ける重要な権利であり、とりわけ公共的・政治的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならない」と判示しています。
 控訴審の札幌高等裁判所は、2023年6月22日、一審判決の女性に関する部分を維持し、男性に対する行為はいずれも適法としてその請求を棄却しました。一審判決後に発生した安倍首相(当時)銃撃事件や岸田首相襲撃事件の影響が指摘されています。

表現の自由の重要性
 憲法第21条第1項が保障する表現の自由は、民主政治を支える重要な基本的人権です。表現の自由が抑圧されると、表現活動による手続きや選挙で表現の自由の回復が困難となる可能性があります。そこで、表現の自由の規制基準は経済的自由と比べより厳格でなければならないと解され(二重の基準論)、規制基準として、必要最小限度の規制手段選択の原則、明白かつ現在の危険論などが提唱されてきました。
 表現活動の排除は、差し迫った明白な危険がある場合に限られると考えられます。
(弁護士 杉山 潔志・2024年3月記)

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