京都南法律事務所 憲法を知ろう
憲法を知ろう
象徴天皇と東京オリンピック(1条、4条1項)

天皇が行った東京オリンピック開会宣言
 新型コロナウイルス感染症の第5次感染拡大が進む中で、2021年7月23日、東京オリンピックの開会式が行われ、天皇が開会を宣言しました。オリンピック憲章の規則55は、開催国の国家元首が開会を宣言すると定めています。
 元首とは国の首長であり、主として対外的に国家を代表する国家機関をいうと解されています。大日本帝国憲法第4条は天皇を国の元首と定めていましたが、日本国憲法には元首に関する規定がありません。日本国憲法の外交関係の処理を内閣の事務との定め(第73条2号)を根拠に内閣あるいは内閣総理大臣が元首としての地位を有するとの考え方が有力です(宮沢俊義著・芦部信喜補訂「全訂日本国憲法」)。他方、国家の名目的・儀礼的な象徴の地位にある者に元首的性格を認める考え方もあり、国際オリンピック委員会はこの立場に立っているようです。なお、1964年東京オリンピックの際には、昭和天皇が開会を宣言しました。

象徴天皇制の成立
 アジア太平洋戦争を戦っていた大日本帝国は、1945年8月14日、ポツダム宣言を受諾して降伏しました。同日、アメリカ太平洋陸軍総司令官ダグラス・マッカーサー元帥がポツダム宣言執行権を付与された連合国軍最高司令官(SCAP)に任命され、東京に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)が設置されました。憲法改正を求められた政府の憲法問題調査委員会は宣言に沿った憲法改正案を作成できず、他方、日本の占領政策を策定する11の連合国で構成される極東委員会のうちソ連、中国、オーストラリア、ニュージーランドなどの国々は、天皇制の廃止を主張する情勢にありました。危機感を感じた幣原喜重郎首相は、極東委員会が活動を始める前の1946年1月24日、マッカーサー元帥と“秘密会談”を行い、象徴天皇制と戦争放棄の条項を盛り込む改正案を示唆したところ、マッカーサー元帥も賛同し、これらの条項を取り込んだGHQ案がつくられたと伝えられています。これをベースとした改正案が帝国議会に提出され、審議、修正されて日本国憲法として成立しました。
 こうして、日本の統治権総覧者とする戦前の天皇制は、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」(日本国憲法第1条)という象徴天皇制へと変容して存続することになったのです。

天皇の国事行為と象徴としての行為
 日本国憲法は「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」(第4条1項)、「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣がその責任を負ふ。」(第3条)と定め、第7条に10の国事行為を規定しています。
 オリンピックの開会宣言は、国事行為と定められていません。天皇は、これ以外にも国会の開会式に出席しての“おことば”や全国植樹祭への臨席とお言葉・お手植えなど様々な行為を行っています。これらの行為は、内閣の助言と承認のもとで行われる象徴としての行為として是認されると解されていますが、違憲であるとの主張も存在しています。

宮内庁長官の拝察発言
 西村泰彦宮内庁長官は、オリンピック開会に先立つ6月24日の定例会見で「国民の間に不安の声がある中で開催が感染拡大につながるのではないかと懸念されていると拝察している」と述べました。宮内庁長官の拝察発言は、東京オリンピック・パラリンピックの名誉総裁に就任している天皇の新型コロナウイルス感染症対策の徹底を求める気持ちを巧みに伝えたものとして評価する意見がある一方で、拝察発言は日本国憲法上許されないとの考え方があります。菅総理大臣は宮内庁長官の見解との考え方をとっています。
 拝察発言は、国政に関する天皇の見解を間接的に表明する効果があり、日本国憲法が定める象徴天皇制に照らし、このような方法が安易に行われるべきではないと思われます。
(弁護士 杉山 潔志・2021年8月記)

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