探訪 杉山 潔志

女人堂の光明杉


炭山・女人堂の石灯篭と小堂
▲ 炭山・女人堂の石灯篭と小堂
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〔醍醐寺と女人堂〕
 京都府南部で「女人堂」と言えば、醍醐寺(下醍醐)から山頂部の上醍醐に至る登り口にある成身院(通称「女人堂」)が有名です。醍醐寺は、平安時代初期に聖宝理源大師が自刻の准胝・如意輪の両観世音菩薩を開眼供養し、醍醐寺開創の第一歩を上醍醐に標したことに始まります(醍醐寺のホームページより)。
 成身院は、昔、上醍醐への女性の参詣が禁じられていたことから、寺院の寺域外の参道部に作られた女性が読経や念仏を行う堂で、女人堂と呼ばれてきました。現在の成身院は江戸時代初期に再建されたもので、延命や安産・子授けなどにご利益があるという准胝観音の分身が祀られています。
 上醍醐の南側の宇治市炭山地区にも観音菩薩を安置する女人堂と呼ばれる小さなお堂があり、観音菩薩と上醍醐への祈りがささげられてきました。

炭山・女人堂の小堂と杉の木
 ▲ 炭山・女人堂の小堂と杉の木
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〔女人堂の光明杉説話〕
 炭山地区の女人堂には子授け説話が伝えられています。説話によると、昔、子どもができない夫婦が女人堂に安置されていた観音様を熱心に信仰し、子授けを願い続けたそうです。すると、ある晩、観音様が夢枕に立ち「光を放っている杉の木を探すように」と告げたので、夫婦は光る杉の木を探しに夜道に出て、女人堂の前まで来た時に傍にある光り輝く杉の木の根元に美しい着物に包まれた赤ちゃんを見つけました。妻が抱き上げると、赤ちゃんは母親を見るかのように笑顔を浮かべ、夫婦は心から喜んだということです。女人堂に参ると子どもを授かるとの噂が広がり、女人堂は「安産の観音様」として信仰を集めたそうです(京都新聞・ふるさと昔語り(240)「女人堂の光明杉」より)。




上醍醐参道・横嶺峠への道分岐
 ▲ 上醍醐参道・横嶺峠への道分岐
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〔現代の子授け〕
 現代では、神仏に代わって生殖医療(不妊治療)が子授けの方法となっています。日本産婦人科医会は、生殖医療のうち、「妊娠を成立させるためにヒト卵子と精子、あるいは胚を取り扱うことを含むすべての治療あるいは方法」を生殖補助医療と定義し、体外受精・胚移植(IVF-ET)、卵細胞質内精子注入・胚移植(ICSI-ET)、凍結・融解胚移植等の不妊治療法がこれに該当するとし、精子を子宮内に注入する配偶者間人工授精(AIH)や非配偶者間人工授精(AID)は除外されるとしています(日本産婦人科医会のホームページより)。
 厚生労働省は、2020年12月、不妊治療のうち、治療と疾病の関係が明らかで、治療の有効性・安全性等が確立しているものを保険適用の対象とし、原因不明の不妊症に対する体外受精や顕微授精等を保険適用外としています。


〔生殖医療に関する倫理・法律問題の提起〕
 生殖医療の登場は、人間の尊厳や親子関係のあり方だけでなく、出生前遺伝学的検査などを含めた倫理的問題を提起していますが、これらについて社会的合意が形成されているとはいえない状況があります。
 生殖補助医療に関する裁判例には、
  1. 別居中に定期的に会っていた夫は、妻が無断で冷凍受精卵を用いて出産した子の嫡出否認を認めないというもの(奈良家庭裁判所2017年12月15日判決、大阪高等裁判所 2018年4月26日判決、最高裁判所2019年6月5日決定)
  2. 夫の同意なく冷凍受精卵を用いて出産した別居中の妻に夫への880万円の慰謝料等の支払いを命じたもの(大阪地方裁判所2020年3月12日判決)
  3. 夫の死後、妻が凍結精子を用いて懐胎・出産した子の亡夫に対する認知請求を棄却したもの(最高裁判所2006年9月4日判決)
  4. 代理出産によって懐胎・出産した子の母を卵子提供女性ではなく、出産した女性と認めるとしたもの(最高裁判所2007年3月23日判決)
などがあります。  

〔出生子親子関係特例法と民法改正答申〕
 このような中で、2020年12月、「生殖補助医療の提供等及び出生子親子関係特例法」が成立しました。
 この法律は、①他人の卵子(卵子由来の胚を含む)によって子を懐胎、出産したときは出産女性を出生子の母とする ②他人の精子を用いることに同意した夫は、それによって懐胎した子の嫡出を否認できないと定めていますが、『生殖補助医療とその提供』『生殖補助医療に用いられる精子、卵子、胚の提供、あっせん』『他人の精子または卵子を用いた生殖補助医療の被提供者及び提供者、出生子の情報の保存・管理・開示等』の3点に関する規制のあり方は今後の検討とされました。
 法制審議会は、2022年2月14日、現行民法の嫡出推定や女性の再婚禁止期間の見直しを法務大臣に答申しました。答申を受けた改正が行われれば、明治以降続いてきた家族のあり方に影響を及ぼしそうです。
 
〔生殖医療の倫理の基本原則〕
 生殖医療の倫理の基本原則として、第1に、生殖をめぐる意志決定においては個人の自由を尊重する、第2に、生まれてくる子の福祉を優先する、第3に、人間の尊厳を保護するとの3点が指摘されています(三田評論ONLINE(奈良雅俊慶應義塾大学文学部教授:生殖医療の現在)のホームページ参照)。先に紹介した裁判例や立法も概ねこのような考え方に立脚していると思われますが、この3原則は、生殖を含めた生命倫理を考える際に、参考となる原則と思われます。
 
2022年2月