探訪 杉山 潔志


都のたつみ・喜撰山
〔喜撰法師が住んだ宇治山〕
 
 わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいうなり
 
宇治神社にある喜撰法師の歌碑
▲宇治神社にある喜撰法師の歌碑
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  この和歌は、六歌仙の一人喜撰法師の歌として古今和歌集に掲載され、百人一首にも撰ばれています。喜撰法師は、平安時代初期の僧であり歌人であって、宇治山に隠棲したこと以外の詳細は不明です。確実に喜撰法師の作として伝わる歌は、この一首だけと言われています。古今和歌集仮名序では「宇治山の僧喜撰は言葉かすかにして始め終り確かならず。言わば秋の月を見るに暁の雲に会えるが如し」(仮名を漢字に変換)と紹介されています。
 喜撰法師が庵を結んだという宇治山は、京都からみて巽(南東)の方向にある現在の喜撰山の付近と言われています。喜撰山は、宇治市の最高峰で頂上の標高は416mあり、喜撰法師がここから雲に乗って飛び去ったとも伝えられています。頂上の西斜面には喜撰洞と呼ばれる小さな洞があり、喜撰法師の像が安置されています。また、宇治川東岸にある宇治神社の境内には、喜撰法師の歌が刻まれた石碑が建てられています。
 
〔揚水発電が行われている喜撰山ダム〕
喜撰山の登山道から見た喜撰山ダム湖と堰堤
▲喜撰山の登山道から見た喜撰山ダム湖と堰堤
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 喜撰山の東側には、喜撰山ダムの湖面が広がっています。喜撰山ダムは、1970年に完成した淀川水系寒谷川に建設された堤体高91m、堤頂長255m、総貯水容量722万7000m3のロックフィルダムで、関西電力の揚水式水力発電所である喜撰山発電所の上池となっており、下池である天ヶ瀬ダムとの間で水を往来させて、最大出力46万6000KWの発電能力を有しています。下池の天ヶ瀬ダムの水を用いる天ヶ瀬発電所は、最大出力9万2000KWの発電能力があります。
〔揚水発電所と原子力発電所〕
 日本初の揚水発電所は、1934年に完成した池尻川発電所(長野県)で最大発電能力は2340KW、わが国で運用されている最大の発電能力を持つ揚水発電所は、関西電力・奥多々良木発電所(兵庫県・1974年運用開始)で、193万KWの最大発電能力を有しています。
 わが国で現在運用されている44か所の揚水発電所の大部分は1960年代以降に建設されたものです。揚水発電所は、原子力発電所との関係を指摘されています。日本の発電政策は、石油ショックなどの影響を受け、原子力発電にシフトしてきましたが、水力発電や火力発電と比べて、核分裂連鎖反応を利用した原子力発電は、発電量の調整が困難なため夜間に余剰電力生じます。そこで、夜間の余剰電力で下池の水を上池に汲み上げ、昼間の電力のピーク時に揚水発電所を稼働させて電力需要に対応しようという発想のようです。
 
 
〔電力供給と法律〕
 電力の供給は電気事業法によって規制されています。電気事業法も規制緩和政策によって改正され、東京電力や関西電力などの一般電気事業者のほか卸電気事業者、特定電気事業者が事業許可の対象とされ、卸供給事業者や小規模発電事業者が認められました。電気事業法は、一般電気事業者に供給区域における電力供給義務を定めています。電気料金などの供給条件については、経済産業省令に従った供給約款を定めて経済産業大臣の認可を受けなければならないと規定されています。
 
 
〔原子力発電所の再稼働問題〕
白虹橋から見た天ケ瀬ダム堰堤・発電所・水利実験所
▲白虹橋から見た天ケ瀬ダム堰堤・発電所・水利実験所
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 2011年3月に発生した東京電力・福島第1原子力発電所の事故によって安全神話が崩壊し、原子力発電所の安全性が再点検されることになり、2012年5月5日には、日本にある50基の原子炉すべてが停止しました。これを契機に、脱原発・再生可能エネルギーへの転換の世論が大きくなっています。
 関西2府4県の家庭や企業に対して電気供給義務のある関西電力は、原子力発電所への依存が大きく、今夏の電力のピーク時15%の電力が不足するとして、大飯原子力発電所3号機・4号機の再稼働を求めてきました。政府は、6月16日、免震事務棟の設置や放射性物質の拡散を防ぐフィルター付きベント設備の設置などの対策が未完成のまま、再稼働を決定しました。再稼働によっても電力不足になったときには計画停電も予定されています。現在(2012年7月5日)まで、計画停電は実施されていませんが、予断を許しません。
 
 喜撰法師が今の時代に生きていれば、現在の世相をどのように見るのでしょう。危険と隣り合わせの現代文明が嫌になって、雲に乗ってどこか遠いところへ飛んで行ってしまうのでしょうか。
 
(2012年7月更新)